2024年シーズンは春先からハイペースでギフチョウ採集に出かけ、滑りだしは好調だった。
4月14日(日)、東濃のギフチョウ採集から帰った日の夜に、同居する母親が話があると言うので何かと思ったら、最近体調が悪いと訴える。でもその時はそんなに悪そうに見えず、正直深刻に受け止めていなかった。3日後に仕事を休んでかかりつけ医に連れて行ったが、先生からも「何も異常ないから元気を出してください」と笑い飛ばされた。
ところが、その翌日から母の病状は目に見えて悪化する。それから5月30日に息を引き取るまでの1か月半は、わが家にとって壮絶で、私にとってある意味濃密な1か月半となった。楽しみにしていた5月のベトナム行きは当然のことキャンセル。そもそも採集どころではなくなった。
かかりつけ医に笑い飛ばされた日から数えて10日後、母はまさかの末期癌と診断されて緊急入院となった。そんな重病とは思いもよらず驚いたが、時間の経過とともに、やっと入院させることができたことに対する安堵の気持ちが強くなった。
そんな中、この日はほんのひと時の気分転換のため、一人で山へ行くことにした。コロナ禍で県境を越えられなくなった時に愛知県内のミヤマカラスアゲハを探索して通った場所へ、久しぶりに行ってみた。
当時はこんなに大きな吸水集団には一度も出会わなかったが、この日は何頭かのミヤマカラスアゲハが現れて、疲れた私の心を癒してくれた。
[記録]5月5日(日祝) 同行者 なし
愛知県豊田市閑羅瀬町 ミヤマカラスアゲハ 1♂2♀(ほか♂数頭確認)
愛知県豊田市小滝野町 ミヤマカラスアゲハ 1♂(ほか♂数頭確認) モンキアゲハ 1♂確認
愛知県豊田市小田木町小田木川沿い オナガアゲハ 少数目撃(1♀確認)
愛知県豊田市小田木町段戸川沿い オナガアゲハ少数目撃
愛知県豊田市黒田町 ヤマツツジ未開花
この頃になるとようやく生活にも落ち着きを取り戻し、どこかへ行きたいが予定もないし計画もない。仕方なく、前の年に2回行ってそこそこ満足したはずの旧和泉村のクロシジミにまたしても行くことにした。
クロシジミは元々発生期が長いと聞くし、発生初期から♀がいるとも聞く。とはいえかつては♀狙いなら7月後半に行くのが常識で、7月上旬という発想は微塵もなかった。
それが前年も7月7日に、半分下見のつもりで行ったらすでに♀もいたので、今年も同じ日付のこのタイミングで出かけた。
結果は前年と個体数的にはほぼ変わらず、今年のほうが♀の割合が多いように感じた。中には結構傷んだ個体もおり、早いものは6月中から出ているかもしれない。何しろ今年は6月30日に名古屋でクマゼミの初鳴きを聞いた。近年、梅雨が明けるよりずっと前からすでに真夏並みの暑さということのようだ。
[記録]2024年7月7日(日) 同行者 H君
福井県大野市(旧和泉村) クロシジミ 多数 キバネセセリ 1♂(H君採集)
前年はH君と石榑峠へキリシマミドリを採りに行ったが人ばっかりで散々だった。そこで鈴鹿で他に良い場所はないかと考えたが、いくら考えても経験値が低すぎて妙案など思い浮かぶはずもない。とどのつまりに思いついたのが、最近さっぱり聞かなくなったかつての有名ポイント、霊仙山であった。
「かつて」とは、いったいどれぐらい前のことかと言うと、私が高校2年の終わりの3月に初めて採卵に行ってから3年連続で採卵に行った。最後に行った3回目が1980年3月23日、19歳の時なので実に44年前。しかも成虫の時期に行くのは今回が初めてとなる。
これでもって、「ここは昔に何度も通って詳しいんだ」ってツラしてH君を案内しようというのだから、とんだ案内人である。
ある程度予想はしていたが、次の2点で予想をはるかに超えた。
1点目。その昔採卵したはずのアカガシの斜面が、あとかたもなくスギの植林と化していた。
2点目。春のギフチョウ以来ほとんど家にこもりっぱなしだったため、足腰が劇的に弱って2合目に着いた時にはヘロヘロになっていた。
それでも何とか2合目から上にはわずかばかりアカガシが残っていたが、これを精力的に叩いて回る体力気力とも残っておらず、アリバイ的にチンタラ叩いては休み、叩いては休みを繰り返し、結局キリシマミドリらしきものは見もせず。
それでも若いH君は一人で精力的に叩きまわって1ペアを採集したうえに素晴らしい写真も撮って、おかげでインチキ案内人の肩の荷も少しは降りた…かな?
[記録]2024年7月21日(日) 同行者 H君
滋賀県米原市(旧山東町)霊仙山 キリシマミドリシジミ 1♂1♀(H君採集)
もうだいぶ前のことだが、ギフチョウでその名を知られたある蝶屋さんと話していた時に「碁盤石山(ごばんいしやま)」の地名が出た。愛知県内の推しの採集地という文脈の中で出た地名だったが、私は碁盤石山がどこにあるのか皆目見当がつかず、恥を忍んで尋ねてみた。
ギフチョウのポイントと思い込んでいたが、意外にも奥三河とのこと。つまりギフチョウの産地ではないわけで、何が採れるのか聞いたが笑って教えてくれなかった。「素晴らしい環境が残っているので是非一度行ってみてください」という事だったと記憶する。
何が採れるのかわからないと、いつ行けば良いのかわからない。いつ行くか。今でしょ! ということで、どこかへ行きたいが予定も計画もない今がその時と思い、H君を巻き込んで一緒に出かけた。
碁盤石山への登山ルートはいくつかあるが、迷わず一番楽そうな面の木峠近くの登山口から登る。ここからだと登りは正味150mほどで、こういうのは正しくは「登山ルート」とは言わない。ただの散歩道である。そう、ただの散歩道…のはずが、なんでこんなにきついんだ。先週の反省があったので早々にH君に先に行ってもらい、後からゆっくりゆっくり登った。
面の木峠が近いのできっとブナ林があるだろうと予想していたが、頂上手前にあった。
頂上へ出ると、その向こう側には意外や意外、樹林が開けて草地が広がっていた。なぜこの場所に樹林が形成されないのか不思議に思いながら探索するが、ジャノメチョウがいくつか足元から飛び出した以外目ぼしいものは見当たらなかった。ヒョウモンチョウがいっぱい飛んでいると思ったら、ツマグロヒョウモンばかりで驚いた。
しかし、ツマグロヒョウモンなんかはまだ序の口だった。草地の周りの疎林状の場所で、まさかのアカボシゴマダラが採れてしまったのである。
私の中でアカボシゴマダラは、名古屋の街なかのアスファルトの路上を飛んでいる特定外来生物の象徴のような存在で、その蝶が奥三河の山の中にいたことに暗澹たるものを覚えた。
後に人から聞いた話によれば、アカボシゴマダラの愛知県内初記録は設楽町田峯だそうである。田峯と言えば段戸裏谷原生林のあるところだ。どこのどなたか知らないが、そんな場所でいきなりアカボシゴマダラを採った日には腰を抜かしそうに驚いたことだろう。
碁盤石山の山頂付近の草地の中には山の名の由来になったという丸い大きな岩がいくつもあり、その上に登って眺めると、はるか遠くの山並みが美しかった。この眺めだけはきっと昔から変わっていないのだろう。
夏枯れの時期ということもあってか、碁盤石山の山頂周辺はとりたてて環境良好という印象を受けなかった。この10年ほどの間に生態系が激変してしまったのかもしれない。
適当に見切って下山し、面の木峠付近をうろついていた時の事だった。「これってゼフじゃないですか?」
H君の言うことの意味がはじめはわからなかった。見るとガードレールに何かゴミのようなものが付いている。クモの巣に絡んだ古ぼけた鱗翅目の死骸らしかった。
「蛾じゃないのか」
無関心の私にH君はなおも迫った。
「これ、間違いなくゼフです」
差し出された三角紙の中を見て驚いた。それは見紛う事なきウラキンシジミ!
「でかした! これは凄い。なんとか軟化して標本にできないか。何かに発表したほうがいい」
この時点で、ウラキンシジミは愛知県未記録と思っていた。
帰宅後、手元の文献を調べてみると「珠玉の標本箱」のシリーズ第1弾にズバリ、面の木峠産のウラキンシジミが掲載されていた。この本の著者、前田善広氏こそは、最近の私の相棒H君を紹介してくれたその人であった。
善さん、買っただけでろくに読んでなかったわ。すんません。
愛知県に住んでいると、どうしても長野県や岐阜県ばかりに目が向いて地元愛知をおろそかにしがちである。勉強不足を恥じ入るばかりだ。
そろそろ仕事なんかやめて、本気で蝶をやろうか。もう手遅れだけど…。
[記録]2024年7月28日(日) 同行者 H君
愛知県北設楽郡設楽町碁盤石山 ジャノメチョウ 3♂ アカボシゴマダラ 1♂
愛知県豊田市稲武町面の木峠 スミナガシ 1♂(H君採集) ウラキンシジミ 1ex.(死骸。H君採集)