ホームページ・ブログ · 18日 11月 2018
ここからは、これからホームページを始めようという人にとって何の役にも立たない与太話である。 私がホームページを始めた動機はわりと不純なものだった。「ホームページで何をやりたい」というよりむしろ、「中身はともかくホームページを自分の手で作ってみたい」、それが動機だった。つまり、手段が目的と化していた。...
初冬のある日の昼下がり、地下鉄上前津駅を降り立った私は、地上に出て上前津交差点を通りかかったところで、そこにあるべきものがなくなっていることに気付いてハッとした。しばしその場にたたずみ感傷に浸りたい衝動を覚えたが、人と一緒だったのでかなわずその場を通り過ぎた。 上前津交差点南東角、旧セントラルファイナンス本社ビル。...
今朝の中日新聞1面と社会面に、名大平和憲章 30周年の記事が大きく報道された。 突然ですが、ここで昆虫少年の知られざる生態について少し。学生時代は当然のこと蝶々ばかりを追い回していたのだろうというと、さにあらず。意外にも(?)平和運動に関わっていた。 ...
しばらく前から、中日新聞に「新貧乏物語」という連載記事が不定期で掲載されている。格差社会と言われ、子どもの貧困が取りざたされ、世界に冠たる経済大国となったはずのこの国に、新たなる貧困の問題が大きな社会問題として横たわっている。...
父の名は「啓蔵」。しかし、晩年、父がときおり好んで「鶏三」の文字を当てていたのを私は知っている。奇抜な当て字に子ども心にも違和感を覚えたし、母が嫌っていたこともかすかに記憶している。当時は、この当て字を使う父の気持ちなど知る由もなかった。...
私には子どもがいないので本当のところは分からないが、どうも男親というものは、娘のことが無条件で可愛いらしい。私が子どもの頃、私の父は姉にはいろいろなものを買い与えたが、私は父から何かを買ってもらった記憶がほとんどない。...
何年か前に自宅を建て替えた。それまで親が建てた家に母と私たち夫婦で一緒に住んでいたが、なにげに受けた耐震診断の結果「天文学的数字」が出てしまい、なんの不自由もないと思っていた父の形見の家を、取り壊す決心をした。...
その昔、予備校の授業中に、面接を受ける際の心得のようなことを指南してくれる先生がいた。曰く、「尊敬する人物は?」と聞かれたら必ず、「父です」と答えなさいと。女子諸君なら「母」でも悪くないが、男子諸君は間違っても「母」とは答えないように。―― そりゃ、ごもっとも。...