新種発見30年に想う


 「新種発見20年に想う」を書いてから、気づけばはや10年がたつ。10年前に書いた駄文をいま読み返すと、この10年で少しは私の中で進歩したものがある気がする。 

 Spindasis masaeae は、なぜそれまで誰にも採れなかったのか。

 Spindasis masaeae は、なぜあの時の私にだけ採れたのか。

 Spindasis masaeae ♂(左:裏面、右:表面)
Spindasis masaeae ♂(左:裏面、右:表面)

 この「なぜ」の答えを、かつての私は皆目持ち合わせていなかった。

 初めのころはただただ「奇跡」と言うほかなく、新種発見から20年が経過した10年前でさえ、おぼろげなイメージを抱いていたに過ぎなかった。

 でも、今ならこの「なぜ」について、私なりに語ることができる。それが所詮エビデンスに乏しい仮説か、想像の延長のようなものだとしても…。

 

■樹林性のシジミチョウ

 Spindasis masaeae が樹林性のシジミチョウであることは疑いの余地がない。樹林性のシジミチョウに共通の習性のひとつとして、発生木やその周辺で♂が占有活動をする。この占有活動の意味は、張り出した枝先など見通しの効く空間で♀の現れるのを♂が待ち受ける行動である。

 そして♀が現れるやいなや猛アタックを仕掛け、一瞬のうちに交尾が成立する。ところが猛アタックを仕掛けた相手が♀ではなく♂だと、驚いた相手が逃げれば追尾となり、互いが相手を♀ではないかと確認しようとして追尾し合うとたちまち卍飛翔となる。

 その行動は一見なわばりに侵入する他の♂を追い払っているように見えるため、「なわばり行動」「占有活動」「テリトリー活動」等々と呼ばれてきた。しかし本当は、♀かどうかを確かめるために手当たり次第に追尾しているらしいことが、最近になって知られるようになった。

 この活動がみられる時間帯は朝方と夕方を基本に種ごとにある程度決まっており、その時間は♀が羽化してくる時間帯と一致すると考えられる。近縁種と少しづつ時間が違うのは、近縁種の♀を間違って強姦するのを避けるため。上品な言い方をすれば、混飛による互いの不利益を避けるためで「時間的棲み分け」と呼ばれる。 

 

■ 日本国内の採集

 占有活動をする場所は、日本国内では主に落葉広葉樹の梢付近であり、それなりの高所である。とはいえその多くは樹高にして10~15m程度で、10mくらいなら7~8mの長竿で何とかなる。計算上は人の身長を加味しても少し足りないが、実際には木のてっぺんで活動する個体ばかりではなく横に張り出した枝先などに静止する個体も多いので、それなりに勝負になるのだ(図1)。

 ちなみに10mの長竿という代物も存在するが、重いうえにしなりすぎて、よほどの達人でないと使いこなせない。

 

■ 熱帯の採集

 ところで、これが熱帯ともなると様相が一変する。熱帯林は樹高30~40mというのもザラで、どれほどあるのか見当もつかないような高木もあって、7~8mの長竿など全く役にも立たない。さながら「竹槍でB29に立ち向かうがごとし」といったところである(図2)。

 それだけではない。そもそも熱帯林は鬱蒼と生い茂っているので、樹冠で小さなシジミたちが活動していたとしても人間の視界には入らないのだ。竿が届く届かない以前の問題である(図3)。

 早朝に高所でテリを張るキララシジミの仲間に珍品が多いのは、このことが根底にあると考えられる。もし本当にそんなにも個体数が少ないのなら、そもそも♂と♀が出会うこともままならず子孫を残すことが困難なはずだ。つまり実際にはそんなに大珍品なわけではなくて、人間の手の届く範囲に姿を見せないだけのことだ。

 こうして考えると、Spindasis masaeaeもきっとおそらく、極珍キララと同じような理由で採れないと想像できる。

 

■ あの日あの時

 では、あの日あの時、なぜ私には採れたのか?

 それは、その場所の特殊な条件が関係していたと想像できる。「新種発見20年に想う」の中で、「真っ昼間のトレイル沿いで、地上1mほどの潅木の葉上に静止しているのを採った」と書いた。いかにも平凡なロケーションという書き方をしたが、(悪意はなかったが)実は自分でも気づいていなかった特殊な条件がそこにはあったのだ。

 あの日の採集ポイントをイメージしたのが図4である。

 緩やかな斜面のトレイルを下ってきた私は、やや開けた日当たりの良い場所に出た。そこで低い灌木の葉上に静止する見慣れないシジミチョウを見つけ、ネットイン。同じものがまだいるかもしれないと思って探したところ、同じ木でもう1頭追加。それ以上いなさそうだったので先へ進もうとしたところ、すぐに崖状の急斜面の上に出た。トレイルは急斜面に続いていたが、下ることなく引き返した。

 さかのぼることこの9年前に私は同じ場所を訪れていて、その時はこの急斜面を下っている。しかし、下った先は深い森の中で林床はうす暗くて蝶影は薄かった。そのことを記憶していたので、下ると再び登らなければならない面倒を思い、下るのをやめたのだった。

 さて、ここで重要なことは、採集した低木が急斜面の上に生えていて周囲がやや開けていたということと、もうひとつは急斜面の下は深い森の中だったということだ。

 30年前のことで写真もないので想像するしかないが、斜面を深い森が覆っていて、その樹冠と件(くだん)の低木が一連の樹冠を成していた可能性がある。樹冠と低木との間に多少の隔たり、距離はあったとしても、少なくとも低木の上に他の樹木が覆いかぶさってはいなかった。

 採集したのは午前中で、正確な記録がないがおそらく午前10時前後だったと思う。採集した2♂がそのとき占有活動をしていたか否かは正直記憶にない。多分見つけ次第すぐにネットして、ろくに観察していないのだと思う。いずれにしても同じ木に続けざまに2♂が現れたということは、近くに発生木がありテリ活動をする場所があったに違いない。

 

■ 格好のロケーション

 ここで私が下手な図を用いてつらつら説明してきたようなロケーションは、実はそこまで特殊なものではない。

 下の写真をご覧いただきたい。これは北部ベトナムのクックフォン国立公園で撮影したものだが、この山の尾根の鞍部にもし立つことができたなら、そこはまさに樹冠が人の目線の高さかそれより下にある場所なのではないか。

クックフォン国立公園(北部ベトナム)にて。
クックフォン国立公園(北部ベトナム)にて。

 バカ言っちゃいかん。これを特殊と言わずして何と言う。そもそもどうやってこんな所へ登るんだ。と言われそうだが、これはモノの例えであって、私が実際に採集した場所がこんな急峻な地形だったわけではない。

 写真のような石灰岩地形に限らず、山頂に大きな岩が鎮座していたり、稜線部が岩盤になっていたりという地形はそれほど珍しいものではない。それは長い年月をかけた浸食作用によって周りの土壌が削り取られ、硬い部分が取り残されて稜線を形成しているもので、そのような稜線部ではそこだけ大きな樹木が育たず低木になっていたりする。

 今思えばあの時そのような地形がたまたま山の中腹にあって、そこにトレイルが繋がっていて容易に近づくことができた。何も知らない私がたまたまそこを通りかかり、たまたまその近くに発生木があって、その時がちょうどその蝶の発生期であり、そして活動時間帯だった。

 それを「奇跡」と呼んでしまえば、それは奇跡で終わる。

 でも本当にそれを「奇跡」と呼べるのは、最初に採った私だけのはずだ。

 次に挑戦する貴方は、きっと奇跡なんかじゃない。―― チャレンジャー諸氏の幸運を祈る。 

 

 (2025年3月吉日)