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普通の市民を犯罪者に仕立て上げる新聞記事の罪深さ(上)

 貴方はこういう新聞記事に惑わされてはいけない。今どき、新聞に書いてあることは全て正しいと思っている人などいないかもしれないが、松本サリン事件の冤罪報道の例を持ち出すまでもなく、新聞だって間違ったことを書く。もちろん悪意でやっているとは思わないが、正義感に燃えて書いたことが、あるいは功名心にかられて書いたことが、ボタンの掛け違えによってあらぬ方向へ暴走することがある。

 最近、とあるサイトに次のような新聞記事が貼られている。記事は2016年12月31日付とのことなのでもう1年半も前の古いものだが、そんな古いものが今さらネット上に流れるほど新聞の影響力は大きい。不愉快極まりないが、あえてこのブログに載せて問題点を指摘する。

2016年12月31日 読売新聞 秋田県内版
2016年12月31日 読売新聞 秋田県内版

■ ことのあらまし

 記事を要約すれば、「秋田県の鳥海山麓で、分布の北限にあたる貴重なギフチョウが愛好者によって乱獲されており、高値売買が横行している。放置すれば絶滅しかねないとして、来春(2017年の春)から秋田県と由利本荘市が初の規制に乗り出す」とのこと。

 結論から言うと、私が当地へ採集に行った昨年(2017年)5月の時点ではそのような規制は行われておらず、今シーズンも行われなかったようなので、結果的に記事は誤報だった。

 しかし、問題はそのことにとどまらない。この記事を読んだ人の多くは、鳥海山麓に県外から大勢の愛好者が押しかけてギフチョウを乱獲し、高値で売りさばいていると思うだろう。そして、このままでは絶滅の恐れがあるので、規制して保護するのは当然である。常識的で良識ある人ならそう思うに違いない。

 ところが、事実はまるで違う。

 昨年5月に私が訪れたときには、天気が思わしくなかったこともあって、土日にもかかわらず2日間で姿を見かけた採集者は私たち夫婦の他には1人だけだった。さらに、当地のギフチョウは元々生息密度が低く、加えて生息地が広大なうえに起伏に乏しいなだらかな地形でポイントが絞りにくいという事情も重なって、片っ端から採りたいと思っても現実には1つか2つ採れれば上出来というところだ。私自身がそうであったように、遠路はるばる出かけたのに1つも採れずにあえなく退散する人のほうがきっと多いに違いない。だからこそ、高嶺の花の北限のギフチョウに憧れて、採れるまで何度も何度も遠方から通う愛好者がいる。

■ 売買の実態

 記事によれば、「ネットオークションで・・標本が数千円で取引されており、1万円を超えるものもある」とのこと。文脈からは、あたかも悪徳な愛好者が高値で売買して荒稼ぎしているような印象を受ける。

 しかし、当地のギフチョウは前述のように1日に1-2頭採れればいいほうで、採れない確率の方が高い。ポイントを知り尽くした人が天気の良い日にうまく立ち回っても、5頭も採ったら「武勇伝」になる。

 そう、もうお気づきかもしれないが、秋田への旅費を考えると1頭1万円なら「高値」どころか「破格値」なのだ。名古屋から秋田は高速代とガソリン代、宿泊費を合わせるとどんなに節約しても往復5-6万円以上かかる。秋田はあまりにも遠く、普通に仕事から帰って名古屋を夜9時に車で出発すると、途中で仮眠をとって夜通し走ったとして翌日の昼近くにしか着かない。そこで実際には新幹線+飛行機+レンタカーで行く人も多くて、その場合は優に10万円以上かかる。大阪は言うに及ばず、東京からでも事情は大差ない。こうして冷静に考えると、1頭1万円で売れたとしても儲けなんか出るわけがない。

 ではなぜ儲からないのに売る人がいるのか。売っている人に聞いてみないと本当のことは分からないが、少なくとも1頭数千円から1万円というのは、「思いがけず3頭採れたので、内1頭は感謝の気持ちを込めて誰かさんにおすそ分け」というレベルの行為だということだ。 

 ここまで読んでいただいただけでも、記事がいかに的外れで馬鹿げているかの一端はお分かりいただけたと思う。ただ、このことは問題の本質ではない。本題は次回以降で詳しく書きたい。