以前このブログでも紹介した、昆虫少年が主人公の映画を観てきた。
映画館で映画を観るのは、何を隠そう実に22年ぶりである。日ごろ、それぐらい文化とか芸術とかいったものから縁遠い生活を送っている。
だから、名駅のシネマスコーレという映画館も、名前は知っていたが行くのは初めてだった。名駅西口の近く、怪しげな路地裏のような場所に、インディーズ作品を中心に上映しているちっぽけな映画館はあった。パチンコ屋の景品交換所のような窓口でお金を払うと、チケットではなく番号札を手渡される。お客さんは番号札を持ったまま、前の映画が終わって案内があるまで路上でたむろして待つ。他に待つ場所がないのだ。雨の日などちょっと大変かもしれない。
平日の午後6時15分という少々行きにくい時間帯にもかかわらず、狭い館内にはそこそこ客が入っていた。上映前には神保慶政監督の舞台挨拶があり、さらに終了後には館長と思しき人が神保監督にインタビューする場が設定されていて、映画制作の経緯や撮影の裏話などが聞けた。なんともアットホームというかマニアックというか、マニアの人にはたまらない空間だろうなと、違う世界のマニアの私も感じた。
さて、映画の内容については、前述のようにロクに映画を観ない私がとやかく論評することでもないが、少なくともそこら辺に転がっている仕掛けだけ大きくてご立派な商業映画なんかと違って、観ていて清々しい気持ちにさせてくれる作品。子どもの心情に子ども目線でアプローチしている点も好感が持てる。しかし、以下には、映画のテーマとは直接関係ないかもしれないが、虫屋の立場からどうしても気になったことがあるので書き留めておきたい。
「永遠の昆虫少年」を自称する私が本物の昆虫少年だったのは、もう40年以上も昔のこと。当時、昆虫少年はクラスに何人もいて、決して変わり者でもなければ特殊な存在でもなんでもなかった。それどころか、昆虫少年は野球小僧に次いで普通種だったと思う。それが今では、本当に絶滅危惧種となってしまったんだなあという思いを、映画を観てあらためて強くした。
それというのも、昆虫少年の生態について、描いている監督自身がリアルに理解していないフシがあるのだ。おそらく監督本人に昆虫採集に夢中になった経験がないだけでなく、身の周りに昆虫少年がいなかったのではないか。見たことのない想像の世界を描いているようにさえ感じられた。
「こんなんじゃないし…」映画を観ながら心の中でつぶやく私がいた。
映画の舞台は大阪近郊の緑豊かな住宅地。虫好きの中村翔吾少年は、学校から帰ると毎日ビーティングネット片手に近所の公園の雑木林へ昆虫採集に出かける。―― ここまではありきたりの展開。ところがである。場面設定が冬の12月なのだ。木々は紅葉し半分は落葉している。木枯らしが吹くいかにも寒そうな雑木林で、わずかに緑が残った常緑樹の下枝を、少年は黙々とビーティングネットで叩いている。どこかストイックでちっとも楽しそうじゃない。虫を採っているときの昆虫少年は、もっと生き生きと楽しそうで目がキラキラしていなければいけない。私など50歳を過ぎた今でも、人からよく「虫の話をしているときは目が輝いているね」と言われる(←ただのバカおやじ)。
さらには休日に虫屋のお父さんが一緒に採集するのだが、これが枯葉舞い散る冬の雑木林で捕虫網を持って歩いているのだ。この場面について、一緒に映画を鑑賞した雅恵に後から感想を求めたら、
「なんもおらんやろ」と、強烈なツッコミを入れていた。
ついでのおまけに、冬の雑木林でテングチョウやオオクワガタが採れる場面が出てくる。もちろん成虫で越冬している以上どこかに潜んでいるには違いないが、普通あり得ない。そんな突飛な出来事が、日常の出来事の延長線上に描かれてしまっている。
どうやら大阪市の助成を受けて制作された作品で、撮影期間が限られていたためこうなってしまったようだ。それならそれで、冬の昆虫採集を当たり前の日常として描かずに、特別な発見の場として描けば不自然さはなかったろうし、もっと生き生きした昆虫少年を描けたように思う。
冬の雑木林でも、映画の中でも出てきたように落ち葉を裏返すとゴマダラチョウの越冬幼虫が見つかったり、林床の腐葉土を掘り起こしたら丸々と太ったカブトムシの幼虫がゴロゴロ出てきたりする。あるいはお父さんの手ほどきでゼフィルスの採卵をして、顕微鏡の中の越冬卵の不思議な造形美に見とれたりとか、いくらでも現実的で魅力的な場面設定が考えられた。娯楽映画なら、池でマグロが泳いでいようが、山でペンギンが歩いていようがいっこうに構わないが、真面目な映画なだけに、やはり場面設定や背景描写にまで十分な配慮がほしかった。
以上、将来を期待される若い映画監督さんだけに、ちょっと(いや、相当か)辛口批評でした。 有名になったら、「あの時の批評が血肉になった」とか、いいこと言ってくださいね、監督さん。
コメントをお書きください