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密かな夜の楽しみ

 何年か前、自宅の建て替えのために設計事務所の社長さんと打ち合わせをしていて、家づくりのあれこれの話題で大いに盛り上がっていた。この社長さんはアメリカでの生活が長く、向こうで欧米の家づくりを学ばれたとのことで、興味深い話をたくさん聞かせていただいた。

 その一つに、照明の話がある。曰く、日本人は家の照明を明るくしすぎるのだという。欧米には一般家庭にもシャンデリアがあって、灯りを楽しむ文化というか生活習慣がある。日本人はリビングもダイニングも蛍光灯で明るくしたがるが、蛍光灯はオフィスや工場で使うものであって、リビングなどのくつろぎの場の灯りは、暗くてよいからもっと柔らかくて美しい光を選ぶべきだという。人間、昼間は明るいほうが良いが、夜は暗いほうが落ち着いて神経が休まるんだとか。試しに一度思い切って暗くしてご覧なさい、そうすれば新聞を読んだりテレビを観ながら食事をすることもなくなり、家族の会話が増えますよと。そんな話だったと思う。

 なるほど。大変興味深い。しかし、そう思いつつもその設計事務所で家を建てなかったこともあって、いま住んでいる家では結局ごく普通に蛍光灯で生活している。

 しかし、ずっとこの話が心のどこかに残っていて、あるときふと思いついて、風呂に入るときに電気を消して入ってみた。わが家の裏はパチンコ屋さんで、パチンコ屋というのはどうしてこうもピカピカのチカチカなのかと思うぐらい煌々(こうこう)と外まで照らしている。だから風呂場の小さな窓からも結構光が入ってきて、電気を点けなくても思いのほか明るかった。といってももちろん薄暗いが、風呂に入るのに特に不自由は感じないし、むしろ何だか落ち着いていい感じだった。

 ところがである。2回目か3回目に、雅恵に見つかった。

「あなた、いったい何してるの!」

 いや、だから、かくかくしかじかこういう訳で、と釈明してみたが、

「あなたの言ってること訳分かんない。それって、やってること変よ」

 人をまるで若年性アルツか初老期痴呆のように言いおってからに。面白くないのでやめてしまった。

 しかし、今年の春に職場が異動になって再び仕事が超多忙となり、老体にムチ打って遅くまで残業して夜中の12時近くに帰ってきたりする。私が食事を済ませて風呂に入るころにはさすがに雅恵は寝ている。しめしめ。これなら見つからないぞ。という訳で、久しぶりに電気を消して風呂に入った。この時間パチンコ屋の灯りはなく、さすがに風呂場はかなり暗いが、すぐに目が慣れて特に不自由もない。

 秋も初めのある晩、日中はまだまだ暑いが夜はこの時間ともなるとかなり涼しい。電気を点けていないから外から中は見えないだろうと、そっと窓を開けてみる。半身浴をしながら目を閉じていると、冷たい空気が流れ込んで火照った肩を舐めていく。何だかわが家の風呂がわが家の風呂でないみたいで、信州の高原の宿で露天風呂に浸かっているみたいな気分だ。(個人の感想です。)

 夜遅くに疲れて帰ったのだから、食事も風呂もさっさと済ませて早く寝ればいいものを、そうもいかないのが人間不思議なところ。心のクールダウンも必要のようだ。

 そんなこんなで、秋の夜長のまったりとしたひと時を、暗い風呂場で独り楽しんでいるこの頃である。―― もしかして、やっぱりやってること変?